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地震発生から1週間

地震発生から1週間。

地震の前日にとった楽しげな写真が、嘘のように平和で
とても遠い昔のことのように思えてきます。

時々刻々と深刻さを増していく被災地の状況に、本当に心が痛みます。
被害にあわれた方の、不安と苦しみ、悲しみは
私たちには想像だに出来ない過酷なものだろう。
極寒の中、過酷な状況と向き合いながら1日1日を過ごす
被災地の方々のことを思うと、胸が締め付けられる思いです。

今でもやっぱり、映像を見ていると、どうしても涙が出てしまう。

報道関連の知人から聞く情報によると、
現実はもっともっともっと悲惨で、言葉にならないものだという。

そんな中、地震の被害を受けていない関西は
嘘のように平和で穏やかな日常が繰り広げられていて、
その極端な温度差に、心が定まらない不安定な状態が続いている。

人は当事者にならねば、その痛みはわからないとはいえ・・・
広告がとんで売上が落ちる、だの
地震のせいで面倒な作業が増える、だの
職場でそんな会話が耳に入ってくるたびに、心にずしりと響いてしまう。

仕方がないのはわかっているけど。
心が痛い。


明るい朝がきて、不安を感じずに眠れる幸せ。
あたたかいものを食べられる幸せ。
会いたい人に会えて、寄り添えたり、会話が出来たり笑いあえたり。
それがどんなに幸せなことなのかを、改めてかみしめる。

今の状態を心から感謝し、
少しでも被災地の人々の苦しみを思い、願うこと。
そして、どんなことでもいいから
支援につながる、出来ることを継続してやり続ける。

一緒に、
離れていてもみんなで一緒に乗り越えるんだという思いをこめて。


あとは、どうか神様
少しでも多くのひとを助けて。
少しでも早く、不安から苦しみから解放してあげてください。
そして、少しでも早く東北に春をつれてきてほしい。

今日も明日も明後日も、ずっと祈り続けます。
by vegebaka | 2011-03-18 19:29 | つれづれ

私たちにできることを。

1号です。

とても久々の更新が、こんな悲しい文章になるなんて。

東北地方を襲った、大地震。
今も時間をおうごとに、その被害の甚大さが露呈されつつあります。

1号が勤める大阪のビルも大きく揺れ、偶然にもエレベーターに乗っていた私は
急な轟音と異常な揺さぶりに、何事かと震えながら11階のオフィスに。
そこで初めて、その揺れが地震だったことを知りました。

それからたちまち広がっていく事実。被害の大きさ。
それは時間をおうごとにどんどん拡大していきました。

ああ、あの時と同じ。
メディアから飛び込む被災地の惨状に、ただ言葉を失い、呆然とし、
一気に15年前のことを思い出して、自身も異様な不安感に襲われました。

阪神大震災を経験している神戸人の1号にとって
今回の大地震は決して他人事とは思えない出来事。
さらに、兄や親族一同もみんな関東在住、友人知人も多く関東方面にいたので
地震発生からしばらくはその安否確認に奔走しました。

テレビで見る、街中をのみこむ大津波の猛威。
燃え盛る気仙沼の赤い炎。
悲痛に叫ぶ人々の声、逃げ惑う人たちの姿。
見ているうちに、心が締め付けられて、痛くて痛くて、涙が出てきてしまいました。
私には何もできない・・・

しかも、メディアを離れて一歩外に出ると
まるで何事もなかったかのように、いつもどおりの平和な休日がそこに在り、
そのギャップに私はめまいがしそうになりました。
それが現実で、誰を責めるものでもないとわかっているのに、憤りを感じて。
こんなに心がざわついている自分のほうがおかしいのか?と感じるくらいの温度差・・・

平和な日常が過ごせる状態にいることは、とても幸せなことです。
その幸せは何ら悪いことじゃない。
でも、同じ国内の少し離れたところでは、
過酷な現実と向き合い、苦しんでいる人たちがたくさんいるということ、
それをしっかり心に刻むことが、被災せず日常を保っている私たちの役目だと思う。

私たちに出来ることはきっとたくさんあります。
直接的に支援することだけじゃなく、
見えなくても、形ではなくても、結果がはかれないことでも、
被災者を思う心さえそこに在れば、どんなことでも支援になるはず。

今こうして日常を過ごしている間にも、
数多くの方が不安や悲しみや苦しみと闘っていることを胸に
ただただ、一日も早く、皆さんが安心して1日を終え、朝を迎えられるように、
笑顔を取り戻せるように、祈るばかりです。

ひとりひとりが、自分にできることをする。
その集合体が大きな力となって、一人でも多くの人たちへの救いにつながることを信じて。
by vegebaka | 2011-03-13 22:22 | つれづれ